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記憶の旅人

 人は、自力で旅が出来なくなると、記憶の旅に出るようになるらしい。

 昔お世話になったあの人は今どうしているだろうか――。住所を書いたメモがどこかにあった筈。

 半世紀も前に、借家住まいだったあの人の住所を求め、彼女は部屋中をさがす。

 箪笥の引き出しをひっくり返し、押し入れの奥にしまっていた箱を引っ張り出す。

 ――みつからない。

 くる日も、くる日も、彼女はさがし続ける。

 箪笥の引き出しをひっくり返し、押し入れの奥から箱を引き出す。

 時に手を休め、記憶の中のあの人に会いに行く。そして、若き日の自分に出合う。

 嗄れた手をかざし、白魚のような手を観る。

 こしのなくなった白い髪をかき上げ、鏡の中に、豊かな黒髪で結い上げられた形の良い頭を観る。

 ここにあるのは私ではないと、彼女は思っているようでもある。

 行きつ戻りつする記憶の旅、

 狂おしいほどの時が、六畳の部屋の中で刻まれる。

 
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ムサシの桜

 翌日の朝、出勤まえに、ムサシが寝起きした部屋へいってみた。

 夕べ寝るまえにおとずれた際、一枚の絵を眼にしたからだった。

 床の間に小石で押さえられていたその絵には、満開の桜の下、一人の翁が陽気に踊り、それを嬉しそうに見守る女と若い男の姿が描かれていた。

 私たちとすごした花見のようすを描いたものだ。

 水墨画ではあるが、桜だけに彩色がほどこされ、その美しさは際だっている。

 ムサシがあちらの世界へもどる日、部屋にこもっていたのは、この絵を描くためだったのだ。

 武藏の残した画のなかに花の絵はなかったという。これは大変めずらしいものといっていい。

 いぜんに何故花を描かないのかと尋ねたとき、ムサシは花は執着をあらわすと答えた。

 その意味が私にはよく分からなかったが、いまは少し分かる気がする。

 美しく咲く花を見て人はしばし心を奪われる。

 あえてムサシはその花を遠ざけた。そこには美しい花をめでる自分への抑制を私は感じる。

 西行の作に、「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」というのがある。

 ムサシは、西行のような生き方もあるだろう、だが自分は不器用な人間である、と言った。

 武藏は一心に剣の道を歩み、その生涯を変えようとはしなかった。書画に専心しても、その精神を貫くことを忘れたくはなかった、のではないか?

 唯一こちらですごすときを除いて――。

 父と、私たち親子とすごした時間は、ムサシにとって違う生き方をした時間だった。

 昨日、息子がこちらの世界へ戻るまえ、ムサシは朝から金峰山へ行き、霊厳洞へこもったそうだ。

 武藏はそこで「五輪の書」を死ぬ間際まで書いていたという。

 死後、宮本武蔵の墓は、細川藩の参勤交代の行列を見送る大津街道沿いに建てられた。それは、一心に剣の道を生きた武藏の生き様を、高く評価してくれた忠利公に恩義を感じたためではなかったか?

 あの雨の日、散りゆく桜の花のまえで、ムサシは何を思ったのだろう。

 この花見の絵を見ると、胸がきゅんとする。

 「おかあさーん、何やってるの? 遅刻するよー」

 と息子の叫ぶ声がした。

 「軽トラで行っちゃうからね!」

 「だめよ! あなたペーパーでしょ、いきなり運転なんてやめてちょうだい!」

  私は急いで駆け出した。(了) 

 

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ムサシの桜

 その日の夕飯は久しぶりに息子と二人だった。息子はあちらでの生活をあれこれと矢継ぎ早に話し、ご飯を食べるのももどかしそうにみえた。

 ひとしきり話がすんで、息子は「ムサシがね、お母さんによろしく伝えてくれっていってたよ」と話を締めくくった。

 私は頷いてから、「――この家のことなんだけど」と話を切り出した。

 息子は「あっ、それ、僕も話しがある」とあとにつづけた。

 「夏頃までに売ろうと思っていたんだけれど、やめようかと思って……」

 「うん。僕もその方がいいと思う。だって、売っちゃったら、もうムサシに会えなくなるもの。それに、祖父ちゃんのマシンも興味深い。色々調べてみたいしね」

 「お祖父ちゃんのマシンは不完全だって言ってたじゃない。変なことになって、こちらの世界へ戻ってこれなくなちゃったら困るから、それだけは気をつけてちょうだいね」

 「分かっているよ。それぐらい用心してるから」

 「それでね、いっそのことこっちへ引っ越しちゃおうかと思ったんだけど、どう思う?」

 「うん、うん、それいい。賛成!」

 「通勤、通学が大変になるんだけどね」

 「僕免許持ってる。祖父ちゃんの軽トラもあることだし、なんとかなるよ。それに僕、アルバイトしようと思ってるんだ。ほら、隣町の出荷場、あそこで人をさがしてるって」

 「えっ、あなたが出荷場でアルバイト?大丈夫なの?」

 おおよそ農業とは縁のない生活をしてきた息子から出た言葉とは思えなかったが、息子は大まじめのようだった。

 「向こうでね、畑も少しやってきたんだ。結構面白かった」

 「ちょっと遊びでするのとは違うんだから。野菜の名前とか分かるの?」

 「そりゃあ、見て覚えるしかないね」

 私は息子の暢気さにあきれた。(つづく)

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ムサシの桜

 昼近くなって、息子が帰ってきた。

 「ただいま!」

 日やけした顔の中で、歯だけが白くみえた。

 「ほら!」と言って、息子は腕まくりをして右の上腕をあらわにした。
 
 立派な力こぶがあった。息子はこの一週間で随分逞しくなったようだ。

 「ムサシに鍛えてもらったんだ。――力だけじゃないんだよ。喧嘩に勝つ方法も教えてもらった。ねえ、凄いでしょう」

 息子は楽しそうに笑った。向こうでの生活は充実していたのだろう。

 「ふーん、喧嘩に勝つ方法? 私にも教えてちょうだい! 」

 「――うーん、どうしようかなあ」
 
 「なに、それ、勿体ぶって――ご飯あげないから」

 「まあまあ、なにせ、剣豪宮本武蔵直伝ですから、多少はもったいつけないと――」

 「あっ、そう。じゃあ、ご飯いらないのね」

 「――あのね、喧嘩に勝ちたかったら、かっこつけるなっていわれた」

 「えっ、――それだけ?」

 「そう」

 「ほんと?」

 「ようするに、勝つことだけを考えて、なりふりかまわずいけってことなんだ。相手のことをよく観ること。ムサシは自分より強い相手と闘うとき、相手をよくみたって。相手の癖とか、右利きか左利きかとか、歩幅、ときには息づかいまでよく観察する。それがみえるまで、手を出さない。逃げ回って見苦しいと思われるかもしれないけど、気にしない」

 「見きるってことね」

 「そう。それで、大半、勝負はついたといっていい」

 「なるほどね。相手のさきの行動をよんで先回りするってことね」

 「まあ、それも簡単じゃないんだけど、反射神経と頭脳両方を機敏につかうといいらしい」

 「極意?というわけでもないだろうけど。良いこと教えてもらったじゃない」

 息子はかおを綻ばせて頷いた。(つづく)

 

 

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ムサシの桜

 翌日は高校へ出勤する日だった。

 休みを取っていたぶん、仕事もたまっている。残りの春休みをつかって、かたづけなければならない。

 職員会議などもはさまっていて、毎日が忙しく、市内の自宅に帰りつくのはいつも夜中だった。

 仕事がかたづいて、一段落したのがその週の土曜日の午後だった。

 忙しくしていたせいで、寂しいという感情がわかなかったことは、幸いだったかもしれない。

 阿蘇の父の家を再び訪れる。

 車を降りて、しんと静まりかえった家をまえにして、一週間前に、ここに宮本武蔵がいたことが信じがたく思えた。

 しかし、ムサシはたしかにここにいたのだ。

 誰もいない家に入ってみると、廊下や仏壇のまえにまだムサシがいるような錯覚をおこした。

 明日になれば、息子は帰ってくるだろう。

 しかしムサシはもういない。いや、またやってくるとムサシは言った。

 タイムマシンの資料を調べた息子の話では、父のタイムマシンは完璧なものではなく、ムサシの時代のいた場所にピンポイントでいくことができたのは、かなりの幸運に見守られたからであって、では他の時代のある場所をねらって――とこころみても、それはかなり難しいことであるらしい。

 ただ、ムサシのいた時代の彼の屋敷へいくことができたこのタイムマシンは、その後もその時代と繋がっていて、ボタン一つで行き来できる状態なのだという。

 繋がった時の線を一旦切ってしまえば、もう二度と繋げることはかなわないらしい。

 父はムサシとの交信を断たなかった。そのかわり、こちらで時が流れるのと同じで、向こうの世界でも時は流れている。つまり、私たちが出合ったムサシよりも若いムサシに会うことはできないのだ。

 ムサシとはこの先あと何回会えるだろうか。(つづく)

 

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