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ムサシの桜

 夜が明けて、部屋の前の雨戸を開けていると、庭の向こうにある竹藪のあたりで、何か声がする。

 叫び声のようにも聞こえたが、それはどうもかけ声のようだった。

 しばらくして、ムサシが木刀を両手に持って竹藪の中から姿をあらわした。

 体から湯気が出そうなほど上気して、頭は生まれて間もない雛鳥のように濡れて髪を逆立てていた。

 きっと木刀で剣の修練をしていたのだろう。その形相はきついほど引き締まり、それでいて、すっきりした表情であった。

 「すぐに朝食のご用意いたしますね」

 庭へ入ってきたムサシに私は声をかけた。

 「いや、いや、お気遣いめされぬな。これから少しばかり座禅をくみまする。朝餉は自分で用意いたす」と笑顔でムサシは答えたのだった。

 嘗て知った庭という様子で、ムサシは縁のしたから笊を取り出し、再び竹藪へ入って行くと、笊いっぱいに筍を入れて戻ってきた。

 「まあ、いっぱい。――泥だらけ」

 泥のついた手をもみながら、何か得意そうに見えるムサシのようすに、私は子供のようだとおかしさを覚えた。

 笊から筍を一個取り出して、残りを差しだし、「申し訳ない、夕飯に、筍のひこずりなど所望できればと思うたが……」とひな鳥の頭を揺らした。

 「はい、はい、そういたしましょう」

 その嬉しそうな顔を見て、私ははっとした。

 それが夫の健児にどこかしら似ていたからだ。健児はカレーが好きで、今晩のおかずがカレーだと知ったとき、いまのムサシと同じような表情をしたのだった。

 死に際の、力ない健児の顔も思い出され、急に胸が苦しくなった。

 「……筍は嫌いでござったかの? 」

 何も知らないはずのムサシが心配そうに私の顔をみた。

 「――いいえ、大好きです。裏庭に山椒の木があるので、葉を摘んでおきましょう」

 なんで三十九で亡くなった夫の面影を、六十はいっているであろうムサシに見いだしたのか不思議だった。私は少し動揺していた。(つづく)
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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