スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ムサシの桜

 決心して、ムサシの部屋へむかう。気が重いせいか、必要はないのに、足をしのばせていた。

 ムサシはまだ眠っているのだろうか、障子に人影は見えなかった。

 「……おやすみでしたら、ごめんなさい。朝ご飯の用意ができています。よければ、居間の方へいらしてください」

 しとしと降る雨の音に負けないほどの声でいう。

 返事は返ってこない。ムサシの声は大きいから聞き漏らすことはないだろう。

 念のためもう一度声をかけてみたが、やはり返事がないから、きっと部屋にはいないのだ。

 どこへ行ったのだろう。朝から。

 縁側から外へ眼を向けると、霧のような雨が庭を白くけぶらせていた。

 ――朝稽古?

 ひととおり家の中をあちこち見てまわり、ムサシが不在なのを確認してから玄関へむかい、母のゴム長をはいて、駅前で二百円で買ったビニール傘をさして外へでる。

 雨の音は全ての音を消し去る。とりのさえずりも、木々のこすれる音もない。

 竹藪のほうへ行ってみる。

 青竹が雨にうたれ、鮮やかな緑色をしていた。その中に人影は見えない。

 さすがに今日は朝練はなしか――。

 筍が所々に顔をだした地面に笹の葉が散っている。それはいましがた落ちたものだ。

 ムサシは今日もいつもの日課をおこたらなかったのだ。

 竹藪を離れ、昨夜の宴の場所へむかう。

 裏山を少し登ったその場所に桜があったことを私は忘れていた。幼いころまだ若木だったその桜は、花片を拾ったりするには十分の玩具であったはずなのに。

 ムサシはこの桜に気づいていた。意外な気もするが、真剣勝負の百戦錬磨を踏んだ剣客だ、ちょっとしたことにも気をとめることができるということは、必要なことだったのかもしれない。

 その桜の下、父の黒いこうもり傘をさして、ムサシが佇んでいた。

 じっと桜を見つめるムサシの姿は、自然の中にとけ込んで、墨絵をみているようだ。

 私は声をかけてよいものか迷った。

 ムサシの後ろ姿にはそんな近寄りがたさがあった。

 ムサシは物思いに耽っているようすだった。

 あえて声はかけず、私はその場に立ったまま、ムサシを、桜を見た。

 しばらくすると、雨音で聞こえるはずのないムサシの息遣いが感じられるように思えた。

 桜は雨にうたれ、落としたうす桃色の花片で地面にもようを描いている。

 ムサシは花のあわれを感じているのだろうか。それとも、私には考えもおよばないようなことにこころめぐらしているのかもしれない。(つづく)

 

 

 
スポンサーサイト

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

きなこ

Author:きなこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。