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天寿をまっとうする

 「天寿をまっとうする」という言葉を、はじめてきいたとき、私は幼かった。

 どんな意味? と大人に訊いた。

 寿命までいきることだよとその人は答えた。そのころの平均寿命をあげて、このくらいで死ねれば、そういえるかなと付け加えた。

 へーと私は頷いたが、その本当の意味を理解してはいなかった。

 小学生のころ、テレビのニュースで、自殺した人が話題になっていた。

 母が、自殺するというのは人殺しと同じなのよ、自分を殺すなんて、とても罪深いことなの、と私に話した。

 テレビでコメントしている人とは全然違う話をされたので、私はとまどいつつも、黙ってきいていた。

 のちに、母は自殺することはいけないと私に話したかったのだと気づいた。

 私は感受性の強い子どもだった。母はそんな私がきがかりだったのかもしれない。

 しかし、私は意外としぶといし、気が小さいから死にたいと思っても、行動にうつすことなんてできなかった。

 人の死を何度か看ると、天寿と言う言葉の意味が少しなり分かった気がする。

 生きとし生けるものはいずれ死ぬ。その死はいつも身近に存在する。虫はその死骸をさらし、寿命なのだと私におしえてくれる。

 人も同じで、段々虫のように手足が衰え、支えきれなくなって倒れ附し、干涸らびてしまう。

 死を間近に迎えたとき、そこには狂おしいほどの生を感じる。正反対に存在する生と死が、協奏曲となり、最期のときを奏でる。

 崇高で、誰にもおかすことのできないその人だけの世界がそこにはある。

 看送るものは、その崇高な世界をただただ見ているしかない。

 線香の煙を前に手を合わせ、よく頑張ったね、ご苦労様、ゆっくり休んでね、と人に言わしめる故人は、天寿をまっとうしたことになるのではないだろうか。

 死までの課程が悲惨な状況であればあるほど、最後に得た平穏は人の心を打つ。

 というと、事故や事件に巻き込まれて、急死した人はどうなるの?なんて疑問がわいてくる。

 突然の死でも、それまでの人生がその人にとって充実したものであったならば、それはそれで救いがある。

 才能にあふれ、心優しきひとだった、と悔やまれることは、幸いなことではなかろうか。

 自分はどんな死に方をするのだろう、と考えてもしょうがないことを、つい考えてしまう。

 死はある点で、惨めな自分をさらすことになるから嫌だなあとも思う。

 でも死へむかう生のメロディーを誰かに聴いていてもらいたいと思ったりもする。

 私にとって、死んだのちよりもそちらのほうがずっと大事で、死後は墓もいらない、灰は海にでもまいてもらえればいいとさえ思っている。

 死んだのちは残されたものの気の済むようにすればいい。(了)


 
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

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