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ムサシの桜

 翌日の朝、出勤まえに、ムサシが寝起きした部屋へいってみた。

 夕べ寝るまえにおとずれた際、一枚の絵を眼にしたからだった。

 床の間に小石で押さえられていたその絵には、満開の桜の下、一人の翁が陽気に踊り、それを嬉しそうに見守る女と若い男の姿が描かれていた。

 私たちとすごした花見のようすを描いたものだ。

 水墨画ではあるが、桜だけに彩色がほどこされ、その美しさは際だっている。

 ムサシがあちらの世界へもどる日、部屋にこもっていたのは、この絵を描くためだったのだ。

 武藏の残した画のなかに花の絵はなかったという。これは大変めずらしいものといっていい。

 いぜんに何故花を描かないのかと尋ねたとき、ムサシは花は執着をあらわすと答えた。

 その意味が私にはよく分からなかったが、いまは少し分かる気がする。

 美しく咲く花を見て人はしばし心を奪われる。

 あえてムサシはその花を遠ざけた。そこには美しい花をめでる自分への抑制を私は感じる。

 西行の作に、「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」というのがある。

 ムサシは、西行のような生き方もあるだろう、だが自分は不器用な人間である、と言った。

 武藏は一心に剣の道を歩み、その生涯を変えようとはしなかった。書画に専心しても、その精神を貫くことを忘れたくはなかった、のではないか?

 唯一こちらですごすときを除いて――。

 父と、私たち親子とすごした時間は、ムサシにとって違う生き方をした時間だった。

 昨日、息子がこちらの世界へ戻るまえ、ムサシは朝から金峰山へ行き、霊厳洞へこもったそうだ。

 武藏はそこで「五輪の書」を死ぬ間際まで書いていたという。

 死後、宮本武蔵の墓は、細川藩の参勤交代の行列を見送る大津街道沿いに建てられた。それは、一心に剣の道を生きた武藏の生き様を、高く評価してくれた忠利公に恩義を感じたためではなかったか?

 あの雨の日、散りゆく桜の花のまえで、ムサシは何を思ったのだろう。

 この花見の絵を見ると、胸がきゅんとする。

 「おかあさーん、何やってるの? 遅刻するよー」

 と息子の叫ぶ声がした。

 「軽トラで行っちゃうからね!」

 「だめよ! あなたペーパーでしょ、いきなり運転なんてやめてちょうだい!」

  私は急いで駆け出した。(了) 

 
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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